text(頂きもの)

新しい姿を切り取ろう

1

 

見渡す限りに青空が広がっている。雲ひとつない、と言うと語弊はあるものの、小さく浮かぶ白い雲が青によく映える。そよ風は優しく木々を撫で、春色の花弁をさらっていく。その一片一片が喜びに満ちたようにふわりと舞い踊り、祝福を告げる。まさに新たな生活の始まりを飾るに相応しい日だ。

「あ、野崎くーん!」

大きく手を振って駆け寄りながら、千代が野崎に呼びかける。始業式に出席した彼女たちは、初めてのホームルームを終えたばかりだ。

見慣れたはずの校舎の、慣れない教室から踏み出してどこか新鮮な気持ちを抱いているのは、どの生徒も同じらしい。廊下には前のクラスの顔馴染みで集まったであろうグループが多く見られ、自己紹介緊張した、クラス離れちゃったね、今年もよろしくね、なんて言葉が飛び交っている。

「ついに三年生だよ、受験生だよ野崎くん!」

「ああ、今年もよろしくな、佐倉」

千代は満面の笑みで強く頷く。

「入学式、午後からだね。楽しみだね!」

「佐倉、俺たち在校生は入学式には参加出来ないぞ」

「そ、それは知ってるよ!……でも、新入生に知り合いがいると思うと、自分のことじゃなくても楽しみになっちゃうなあ。野崎くんも楽しみだったりしない?」

「ああ、まあ、そうだなあ。入学式の途中で居眠りしないかどうかとか、心配ではあるな」

もうちょっと信じてあげようよ、と千代は苦笑する。彼女がふと時計に目を向けると、針は正午を指そうとしていた。

「あ、もうこんな時間なんだね。そろそろみこりんと合流しよう!」

「ああ」

そう言って二人は御子柴のクラスへと向かった。

 

2

 

無事御子柴と合流し、三人は校門へと歩を進める。階段を降り、生徒用の昇降口を出ると、外は部活動の勧誘準備をする生徒で溢れていた。新入生がまだ登校していないためか、今のうちにと段ボールにマジックで部活名を書いて即席の看板を用意する者も見てとれる。人を呼び込みやすい場所に陣取った部は士気が高く、人通りの多い場所を少し逸れたところに佇む部のメンバーは不安げな表情を浮かべる。勧誘の担当ではないのか、あるいは帰宅部なのか、校門から出て家路につく生徒も多く見られた。

「おー、この光景も毎年恒例だなあ」

御子柴の呟きに反応し、千代が訊ねる。

「二人は帰宅部だけど、部活の勧誘とかされなかったの?」

野崎が返答する。

「俺はバスケ部とバレー部からの勧誘が熱烈だったな」

「そりゃその身長じゃ運動部は入部してほしいだろうな……」

「まあ、右手痛めるの嫌だったから断ったんだが。そう言う御子柴はどうだったんだ?」

「俺か?まあ俺の場合、近寄り難いオーラが出てたっつーの?音楽聴きながら歩いてたからってのもあるかもしれねえけど、話しかけようとしてきた奴は皆たじろいでたぜ」

「知らない先輩と話すの怖いから、イヤホンして聞こえないフリしてたんだね、みこりん」

「う、うるせえ!そんなんじゃねえよ!」

図星を突かれた御子柴が顔を赤くして咄嗟に反論する。

雑談をしているうちに、三人は校門の入口付近に辿り着いた。人混みからは少し外れたところで立ち止まり、御子柴ら鞄を抱え直す。野崎が口を開く。

「二人とも、アシスタント前に俺の用事に付き合わせてしまって済まないな」

「全然構わないよ!親御さんに渡すものがあるんだっけ?」

「まあ、さすがに家主のいない家に上がるわけにもいかねえからな。ちょっと待つくらい気にしねえよ。他に用事もねえし」

「すまないな、助かる」

そんな風に他愛ない話をしてながら待っていると、いつの間にか校門から出る生徒は減っており、代わりに校門へと向かってくる生徒がまばらに見られるようになった。制服は真新しく、いかにも着慣れていない風貌なのが初々しい。生徒たちはどこか緊張した素振りで無事初めての登校を果たす。

その中に、三人にとって見慣れた者が一人。見慣れた人間に見慣れた制服でも、二つが合わさると新鮮な光景だ。彼は他の生徒とは違って緊張した様子もなく、ただ無心でこちらに向かってくるようだった。

「おー、真由!」

御子柴の表情が明るくなり、大きく手を振って声をかける。真由は軽くお辞儀をして済ませたが、御子柴の声は周囲の生徒たちの注目を集めた。御子柴はかなり目立つ容姿をしているし、真由も時折その見た目を褒められることがある。新入生にとっては、二人のやり取りは異色だった。なにせ上級生と同級生とのやりとりだ。新入生には明らかに戸惑いや驚きの色が見て取れ、様々な声が聞こえてくる。赤い髪の人めっちゃイケメンじゃない?いや黒髪の人も何気にかっこいいよ、どういう関係なんだろうね、などなど。中には御子柴の隣にいる野崎と千代の身長差に言及する者もいた。

真由が三人の元へと辿り着く。野崎が母さんたちは一緒じゃないのかと尋ねたところ、新入生と保護者では集合時間が違うので別々に家を出たとのことだった。

「そうだ!せっかくだから真由くんと野崎くんで一緒に写真撮るのはどう?」

「俺は構わないが……」

野崎がそう言ってちらりと真由の方を見ると、真由はいかにも嫌そうな顔をしていた。その反応に野崎は気を落としてしまう。

「ああ、いえ、兄さんと撮るのが嫌なわけじゃないんです」

真由は野崎の想像を否定し、入学式と書かれた看板のあたりを指さした。既に行列が出来ており、先頭にはカメラを持った者がいる。なるほど入学式で写真を撮るならここだろうが、真由が列に並ぶことを是とするはずもなかった。

そこで千代が新たな提案をする。看板はないが、今立っているここで撮ってはどうか、と。それならと真由も承諾し、野崎が手に持っていたカメラを御子柴に手渡した。どうやらこれが『野崎が親御さんに渡すもの』らしい。

御子柴がカメラ越しに兄弟を眺める。ほんの小さな棘に刺されるような、意識しなければほとんど気づかないような痛みが御子柴の胸に走った。御子柴はそれを特別気にかけることもなくシャッターを切る。画面には笑顔を作るのが下手な大男二人が写っていた。

「うむ。良い感じに写っているな。ところで真由、そろそろ教室に行く時間か?」

「そうですね、そろそろ」

「お前、入学式で寝るなよ?」

真由は沈黙で返事をする。どうやらイエスとは言えないらしい。

「もし良かったら、式の後にでも家に遊びに来てくれ。お菓子を準備しておこう」

「はい」

じゃあ後で。軽く手を振って別れを告げ、真由と三人は一旦別行動をとることにした。

 

3

 

野崎たちも無事目的を果たし、式も終了した。千代は野崎の両親に会うには心の準備が間に合わないとかで、合流直前で一度手洗いに逃げ込んだらしい。

三人が野崎宅で原稿を進めていると、予想通りにチャイムが鳴った。野崎がドアを開ける。音の主はもちろん真由だ。

「お邪魔します」

よく来たな、と野崎が声をかけ、いつもの机に案内する。もちろん千代と御子柴もそこに座っていた。千代と御子柴の二人も元気よく真由に挨拶する。野崎は準備していた菓子を差し出し、お茶を淹れ始めた。真由は目の前でカップに注がれるお湯を眺めている。すると御子柴が真由に訊ねる。

「制服ってことは、式終わってそのまま来たのか?」

「そうですね、家よりこっちの方が近いので」

まあそりゃそうか、と御子柴は頷き、納得した様子を見せた。

真由はカップに手を伸ばす前に、思い出したように学生ズボンのポケットをあさる。取り出したのは先程野崎が両親に渡したカメラだった。式が終わって写真も撮り終えたので、野崎に返すように言われたのだという。

せっかくなので写真を見ないかという話になり、野崎がカメラを起動する。一同は野崎のそばに小さく固まって集まり、御子柴、千代、真由の三人がそれぞれ画面を覗き込む。一番新しい写真には両親と真由がうつっていて、そこから式全体の写真や式中の真由を撮った写真が続いた。画面の中の真由は顔こそ見えないものの、数枚を続けて見ると真由の体がぐらぐらと揺れていたことが見て取れる。

ボタンを押し進めていると、真由と野崎の写真が表示された。さっき学校で会ったときに撮ったものなので、これで入学式の写真は終わりだと分かる。

「親御さん、真由くんのこといっぱい撮ってたんだね!」

「家族写真も数枚撮ってあったな」

「結局寝てたところもしっかり撮られてたしな」

千代、野崎、御子柴の言葉に真由が何度も「そうですね」と同じように相槌を打つ。駄弁っているうちに三人も満足したのか、次第に全員作業に戻り始める。真由のカップのお湯はもうぬるくなっていた。

作業に戻って数分が経った。真由は横になったり、三人の作業を眺めたり、気ままに過ごしている。その中で、御子柴の筆の進みがいつもより遅いことに気が付いた。

「実琴さん、どうしたんですか」

「いや、さっきの写真思い出してたんだよ」

「写真ですか」

「おー。俺は真由の兄貴分なんて言っちゃいるけど、ああいう写真で隣に立つわけじゃねえんだよなーと思って」

御子柴がハッとする。

「いや、何でもねえ。せっかく家族写真に水差して悪ぃな!」

そう言って作業に戻った。

 

4

 

気がつけば空はすっかり暗くなっている。原稿の進捗は十分なので、これ以上遅くなる前に全員帰ることになった。

「皆、気をつけて帰るんだぞ」

玄関先、靴を履き替えながら、御子柴が言う。

「それにしても真由が俺らと同じ学校通うんだもんなあ。分からないこととかあったら何でも訊いて良いぞ!そうだな、御子柴先輩が明日学校を案内してやろう」

「実琴さん、兄か先輩かどっちなんですか」

「俺は兄で先輩だぞ!」

野崎が自信満々に言う。千代は微笑ましそうにしている。

皆靴を履き終えたところで、お邪魔しました、と千代、御子柴、真由は三者三様のトーンで野崎に別れを告げる。三人が部屋を出ると、バタンと音を立ててドアが閉まった。

他愛もない会話をしているうちに駅に辿り着く。千代と別れ、御子柴と真由が二人きりになった。お前も行かなくて良いのか、と御子柴が訊ねると、真由が口を開いた。

「実琴さん、写真撮りませんか」

「え、写真?」

突然の提案に御子柴はきょとんとしている。

「はい。さっきああ言ってたので」

数時間前の自分の発言を思い出した御子柴が制止する。

「いや、気にしねえで良いって!変なこと言って悪かったな」

「いえ、撮りましょう。俺も実琴さんと撮りたいです」

意外な抵抗に怯んだのか、まあそれなら、と御子柴が少し照れながら承諾する。さっきのカメラは野崎の部屋にあるので、御子柴のスマホで撮ることになった。自撮りとか慣れねえな、と言いながらスマホのアングルを調整する。

「お、この辺で良いんじゃねえの?じゃあ撮るぞー、はい、チーズ」

カシャリ。

「お前めちゃくちゃ無表情だな……。まあ、結構良い感じに撮れたな!後で送っとくぜ」

「はい。お願いします」

ちょうどのタイミングで駅のアナウンスが入る。どうやら真由の乗る電車が来るらしい。

「じゃあ俺、行きますね」

「おう、また明日な!」

「明日……」

真由が不思議そうに零す。

「どうかしたか?」

「明日も実琴さんに会えるんですね」

「ん?まあそうだな」

「楽しみです、また明日」

そう言って真由は改札をくぐって行った。

 

家に着き、御子柴から届いたメールを開く。今まで何度も御子柴の写真を撮ってきたが、自分も一緒にうつっている写真は初めてだった。真由は添付された写真を保存し、メールをお気に入りに登録して携帯電話を閉じた。 

 

 


 

Twitterの元フォロイーさん現サイト相互させていただいてるみずな様よりこの度誕生日プレゼントとして
高1まゆ×高3みこりんのまゆみこ小説をいただきました…!ヤヤヤヤヤッター!!!嬉し過ぎて呆然とした

まゆみこにハマった時からのファンであるみずなさんからこのような素敵な作品を頂けたこと、
公式で高1まゆと高3みこりんが登場した時から一度は見たかった未来まゆみこをこのような形で拝見することが出来て本当に本当に嬉しいです!!!!!

感想は別で細かくお送りしましたのでここで言うのは控えますが一生の宝物にします(重い)

本当にありがとうございました!!!!!!!!!

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